2008年8月9日土曜日

ツァラトゥストラはかく語りき

力への意思。

私はこの言葉が大好きです。

生きる力がどこに宿るのか今一度問い直し、自分の生への責任を自分が持つという簡単な真実を自分に思い起こさせてくれるからです。だからこそ、よりよく生きるための努力を人はしようとするのだと思います。

ただ、それは同時につらいことでもあります。

ある意味こんなことを信じても何になるのだという声もあるでしょう。

不幸になるばかりかもしれません。

なぜなら、人は打ちひしがれ、悩む時、自分以外のものに無意識的に頼り、救いを求めるものだと思うからです。

誰でもどうしても逃れられない運命を感じた時や死を前にした時は、あの世を意識したり、天国を意識したりしてしまうと思うのです。

信じて託すからこそ、前に進めることもあるでしょう。

この言葉を自分に刻むということは、このことがわかった上で、自分の血と身体を信じ、目の前の真実を無視することなしに、不幸を受け入れてもなお戦う決意をすることになると思うのです。

信じる信じないはもはや関係なく、苦しい道を歩き続けることを選択しなければならないのです。

私自身の魂は私自身が自分を生きるということを意思しなければならないのです。

私は私の血と肉を信じます。

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