スキナーの考え方らしいのですが、行動そのものが人格であると。
でも、行動が同じでも、考えてることや、感じていることは違いますよね?
それって研究対象である「心」の範囲をとりあえずは狭めて、研究しましょうってことなのでしょうか?
つまり、研究対象は
1.行動に現れる対象
2.行動に現れない対象
の二つがあるが、いっぺんに二つを扱うのは大変過ぎる。
まずは、分かりやすく、客観的に扱いやすい「2.行動に現れる対象」からはじめようということですよね?
スキナーもまさか、行動さえ分かれば、人間の心(従来の意味での)が分かるとは思っていなかった思うのですが。
だとすれば、行動からアプローチするという方法ってやっぱ正しかったんだなって思います。