2010年5月30日日曜日

行動とは何か?

専門家の学説、言動に惑わされないでしっかりとわが子の行動を観察し、測定し、記述することからはじめましょう!

行動とは環境と個人の反応との相互作用を云い、本来目に見える現象ではないとお考えください。太陽は東から上がり西に沈みます、目で見た限りでは天動説が政界で地動説が間違いなのですがほしの運行behavior は観察した限りでは捕まえることが出来ない現象なのです。

日々綿密な記録を取り続けた結果、地球の軌道、惑星の軌道、厚生の一があきらかになり、星の運行が明らかになるのです。その結果、従来信じられてきた天道説が破棄され、地動説が実証されるにいたったのです。

精神医学と申しますがそもそも精神というものは存在せず、それは脳の活動に過ぎないのです。従って精神と云い、心と云い行動といってもそれは同じことでわれわれは特定の個体と環境との相互作用を行動と云う言葉で呼んでいるのです。

太陽が月が目に見えるように、反応も目に見えるのですが行動と云うのはほしの運行と同じ様に目には見えない計算上に示される現象なのです。1回1回観察されるのは反応出あって行動そのものは目に見える現象で無いことをお分かり願えたでしょうか?

2010年4月5日月曜日

つらい記憶を書き換えることができる?

薬を使わない介入方法で記憶を書きかえれるってすごいな。

PTSDの仕組みを理解して、その根本原因を薬を使わないで変化させれる方法かぁ。

仕組みを理解しないで、いくら治療法を考えても、行き当たりばったりの対処療法のような気がする。

●対象
・PTSD

●仕組み
・解離
・抑圧
・脳神経科学

●治療法
・催眠
・薬
・行動療法
・精神療法

2009年12月8日火曜日

脳を理解するためのレイヤー

脳を理解するには様々なレベルで捉える必要があると思います。

たとえば、ニューロンひとつとってみても、それの持つ物理的意味もありますし、それが実現しようとしている認知的な意味もあります。

このように脳を考えるにしても、いろんな見方があると思うのです。

では具体的にどんな見方があるのか?計算論的神経科学の創始者でもあるデヴィッド・マーという研究者がその見方を以下のように提示しています。

1.計算理論(computational theory)
計算の目的とその適切性を議論し、実行可能な方法の論理を構築

2.アルゴリズムと表現(representation and algorithm)
計算理論の実行方法。特にその入力と出力の表現と変換のためのアルゴリズム

3.ハードウェアによる実現(hardware implementation)
表現とアルゴリズムの物理的な実現

これらを意識してみると、脳の本を読む時の理解が深まると思います。

***参考***

2009年11月23日月曜日

なぜリバウンドするのか?

ダイエットして成功しましたが、最近だんだん体重がふえてきました。
前と全く同じことが起こっています。
なぜ、リバウンドするのでしょうか?

○心の面
・意思の力で体重を減らしており、習慣になっていないため(無意識になっていないため)
 -たがをはずし、安心すると、意思の力が弱くなり、少しくらいとなって、そこから崩壊する
 -トラッキングしつづけることができない。いいかなと思ったときにトラッキングしなくなる

・何かをやるには必ず毎日やることにくっつけるのがよい。無理に導入するとだめ
 -会社の帰りに1voiceとか
 ⇒何かをすることの習慣化と何かをしないことの習慣は違うのでは?

○体の面
 -太りにくい体に変えていないから
 -基礎代謝の高い体。すなわち、筋肉。

2009年9月17日木曜日

人間と科学

河合隼雄さんは心理学には科学はなじまないというような趣旨のことをいってた気がします。

人間の心は1人1人のものであり、主観的なものだから、客観的な科学という方法論はあわないと。

科学という方法論というのはおそらく、なぜ?を繰り返し、根本原理に近づいていくというイメージがあると思います。

会社というのは昔は自分の家族みたいなものであり、それでうまくやってきた。そこに科学のようなものが入ってきて、よさが失われてしまった。

昔は上司に意見しようものなら、口答えするなといわれた。

これはいいことなのでしょうか?悪いことなのでしょうか?

それを判断する基準は何でしょうか?会社の場合は業績でしょう。

うまくいっているならよい。たとえ、それが個人の問題解決能力を封じ込めるものであっても・・・

ただ、外資系のような会社は、意見を言わないとむしろ怒られますし、議論をする場合は、上司も部下も対等であれと言われます。

どっちがいいのでしょうか?どっちでもうまくいくのでしょうか?

時代によって違いもあるのでしょうが、ある程度長期的に業績がよければいいのだと思います。

個は不満でも全体がよくいっているのならよい。

ただ、全てにこれは当てはまるのでしょうか?絶対に調和を取るようなやり方ではだめだという例はあるのでしょうか?

現在の日本経済は?全体の調和を取るやりかたでうまくいくでしょうか?口ごたえをせず、根本的原因を突き止めないやり方でうまくいくでしょうか・・・

分かりません。。。

ただ、科学は間違いなくそういうものではありません。ただただ真理を追い求めるのみです。

自然の前には謙虚であらねばならないですから。人の間の関係などで真理は変わりません。今も昔も変わりません。

そして、それは文化よりも階層の低い位置にあるのではと思うのです。

すなわち好奇心です。こればかりは否定できないと思います。

考えをまとめるためのメモですので、意味がよく分からなかったでしょう。いいんです。調和ですから・・・

2009年7月22日水曜日

論理療法の言葉

認知心理学ではフレームという概念がとても大切になります。

同じ悪口を言われたとしても、傷つく人と傷つかない人がいます。

なぜか?それは、その人の持つ考え方・信念が違うから。

ある人は「あの人は俺に悪口なんていうべきでない!」と思っており、
ある人は「あの人は悪口を誰にでもいうう人だからいつもの通りだな」と思っているとします。

当然、二人の反応が違ってきます。
1人は悪口を言われて激怒し、1人は受け流すでしょう。

このようにその人が持っているビリーフがその人のあり方を決めるのです。
論理療法(認知療法・行動療法)では、この考え方を変えようとします。

クライアントに自らのビリーフに気づかせ、それを変更していくのです(リフレーミング)
あるときは、言葉によって、あるときは行動させることによって。。。

このビリーフっていわゆる、小さい頃から見につけたものであり、自分の無意識にある考え方だと思うのですが、これって、「言語」と同じなのでしょうか?

情動記憶(感情的な記憶)ともくっついている気がするし、単に言語以上の性質を持つ気がするのですが?よって、その変更方法も単純な言語による介入ではなく、他の方法ある気がするのですが、そこらへんって詳しく研究されているのでしょうか?

もう少しくわしく見てみたいと思います。

2009年7月21日火曜日

求めよさらば与えられん

Ask, and it will be given to you; seek, and you will find; knock, and it will be opened to you. For everyone who asks receives, and he who seeks finds, and to him who knocks it will be opened.

求めよ、さらば与えられん
尋ねよ、さらば見出さん
叩けよ、さらば開かれん
                          新約聖書「マタイの福音書」第7章第7節

全くもって賛同できない。

求めるのではなく、自分で勝ち取らないと!
尋ねるのではなく、自分で見つけ出さないと!
叩くのではなく、自分がドアを壊して開けないと!


全力を尽くした後で初めて、待つんじゃないの?

「人事を尽くして天命を待つ」

のほうが自分にあってます。